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    「ねえ」

    「さあ、殺せ。――うむ、え、さあ。――え、え」

    「うん、行くよ。――だが、夕方でいゝだらう」

    「梨地から水神淵へ降りる路ができたからね、そこへ出れば、帰りはずつと楽だ」

    「たゞし、預かるだけだよ。この分が残つている間はいくら後から来ても貰はんよ。いゝかね」

    だが、どうせ頭を下げるのなら大石医院だけでなく目星めぼしいところをあらかた廻つてやらう、叮寧にやつたところでどつちみち損はないわけだと、この打算力に富んだ若い医師は考へついた。さう決心すると、幼時から彼に巣喰つていて、今では彼の中に強靱な支柱のごときものになつている闘争心のおかげで、房一には自分が頭を下げて歩く姿よりは、河原町の家々を虱しらみつぶしに一つ宛身体をぶつつけて歩く姿の方が眼に浮かんだ位だつた。

    「こゝの消防演習をやつたのだ。そんなに騒ぐことはない」

    「うむ、さうか。玄関のことか」

    「や、さあお上り下さい。さあ――」

    庄谷の細い眼が又微笑した。だが、その瞬間に現はれたほんの少しの人なつこさ、古い記憶のほのめきは、すぐ又大急ぎでどこかへ隠れこんで行くやうに見えた。

    見たことのない顔だつた。患者なら玄関から来る筈だ。

    さう云ふと、男は入口に待つていた印袢纏の背の高い男とつれ立つて、高間医院を出て行つた。

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